Re: re: set

妊娠にキレた上司を発見す上野動物園のニュースで

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コンビニを出る人の手に太りすぎた花嫁みたいなビニール袋

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窓硝子に映る火影は冷えていて殴っても殴ってもあかるい

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金具ではなくファスナーで蓋を閉め引っ掛かったりした旅支度

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誘蛾灯の並ぶ道路に安全に入れたおかあさんありがとう

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轟音の夜を裂けない乗り物で 凹凸のない顔だ存外

べたついた番号札と間違えてうどんの横で切符を見せる

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海で死ねそうな気がして海に来た人なんて一人もいない海

出会うまで生まれてたこと知りませんでした出会ってくれてありがとう

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ストッキングとストッキングが触れ合ってうまれる熱の音を聞きたい

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まばたきがはげしい鳥の生息地:駅前広場の喫煙所そば

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花占いみんなしたから芯だけが風に揺られている花畑

唇のように撒かれた花びらを踏むたびに2℃冷えてゆく足

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溶けてなくなる夢を見て泣かないで海から遠い街探すから

骨がやわらかいわけではないらしい魚のようにしなる選手も

墓ではないすべての墓である場所に硝子の屑を撒く おめでとう

離れたから温度がわからなくなっただけだよねって祈る冥福

夢で見た 背中の人の手の指に触れていて うん 満たされていた

思い出のためにスタンプ押すような旅じゃないのに多いね荷物

愛撫するくちも持たずにスカートをめくる春風ほんとうにきみ?

おかけになった番号だけど使われていたことをまだ覚えていますか

冬いまもどこかの船で跳ねている誰かがいつか吐き出す鱗

空っぽのリード繋いできっと何かいると思える木になりましょう

革命。と前後は雑に省かれて耳朶をくすぐる自転車男

すっぱだかで部屋飛び出して私には雪つもらない 燃えているから

極光オーロラの破片のように落ちているカラスアゲハをたぶん見ました


2018.10.24 ひとつ吹っ切れました。最低限、もやもやしなくて済むくらいの運が向いてくることを祈ります。

2018.10.25 角川短歌賞に応募した50首です。2年くらい使った筆名の最後の短歌たちだと思います。芸術としての短歌というより、自分にとっての大切なことを詠んだ連作になったので、応募した時点から、受賞しなかったら直すみたいなことはまったく考えていませんでした。短歌が好きです。ここまで読んでくれている人に対して連作タイトルの意味を説明してもいいかなと思いかけましたが、やはり野暮なのでやめておきます。