ベタの弔い(たにゆめ杯3 ゆうぐれ自由大臣賞)

小鳥にも春の換羽のあることを燃え尽きた眼のひとに告げられ

呼吸するあいまに雲の流れては崩れて落ちるまでを見ている

銀の蛇アイシャドウ重ねて徐々に鱗の光を宿すまばたき

透明な水面は夜に閉ざされて腕をもがれた蟹はまどろむ

綻びを見つけないため月光を遮断するためのカーテンを引く

息継ぎのように目覚めてハンティングトロフィーの目に瞳孔はない

歩くには向かないけれど鳥の脚集めつつ夜明けを待っている

他人事と思えることの幸せを枯れた湖にも名はあった

トラディショナル・ベタの弔い朽ちてゆくことのできない死にも祈りを

真夏日に水色のブラウスを干す牝鹿を撃ったことは忘れて

塔(2021年4月号)

無垢な祝福のように雪バス停の無人の椅子をつめたく濡らす

冷え切った月が昇って人権のあやうい国の夜に浸れり

終わらぬ冬に絶えた火種を灰にするごとく五輪の聖火が燃える

自助の自が失われゆくじっと手を見つめて過ごす我の正月

ふと思い出されたように壊れた人生の数がネットニュースを飾る

魂がいまだ滅ばぬ証なり 竹籠にうす桃色の花

塔(2021年3月号)

いつかいつか楽になりたい湿気らせた花火の捨て方がわからない

雪の夜何かを急ぎ飛ぶ鳥の雪に紛れて落ちてゆく羽

開いたら光があふれてくるような扉ではない戸を開ける日々

この冬の最低気温また遠くないうちに忘れる朝のこと

そこに在る真冬の風に目を開ける鳥、何かがまだ燃えている

大きな赤い花びらを引きずって褒められるため帰らずにいる

塔(2021年2月号)

死者のは死者の顔をしている透き通る湯灌の後の髪を梳きつつ

冬を堪える蕾のように閉じているうすい瞼は何を守りし

一人分の不在を乗せて収骨台のみが変わらぬままの火葬炉

死者よりも死者の歴史を蓄えて胸骨と螺子しゃらしゃらと鳴る

同じ人数と火葬場をあとにする母の背に濃い昼の影落ち

忘れ得ぬ収骨室で浴びた熱 雪に閉ざされゆく土地を去る

塔(2021年1月号)

話したい、あなたの頬に触れるたび透き通りゆく指先のこと

許すとき胃が石化しているような顔をせぬよう淡く前見る

冷えきった鶏の煮込みを分けながら今年はないんだって曼珠沙華

初秋の夕陽を薄く照り返す湖面にくずれてゆく顔を見る

まるで水中に撒かれた火のようでember tetraのような名が欲し

酸欠の視界に小蠅死ぬのなら小蠅もろとも滅びるもよし

まだ狂ってはいなかった湯舟から昨夜の髪と冷えた湯を捨てる

冬の風外し忘れた風鈴を律儀に鳴らしそしてどこかへ

塔(2020年12月号)

同じ夏 狂った蝶がアスファルトに見ていた花のまぼろし思う


感情の振り子はいつもやや遅い何もない真夏の海で泣く


きっと添い遂げるあなたと迎えよう春に生まれた白い小鳥を


神苑を青鷺のゆくほそい指水面を撫でるように割りつつ


胡椒の瓶(さっきあなたが閉めた瓶)取り落としこぼれ出る黒い粒


暮れてゆく古都であなたと白鷺のおおきな翼の背景になる


傘立てに重なっている傘の骨 引き止めたくて掴む手の骨

塔(2020年11月号)

水槽に転がっていた歯だというわずかに欠けた鮫の歯を買う


ペルセウス座流星群のほそ長い光の下の黒い飛行機


冬の陽は花瓶を透かし寝室に青い炎の立ちのぼる午後


薔薇園で電話を握り立ちすくむ人の瞳に薔薇の乱れる


水鳥の逃げた直後の静けさに訃報はいつも遅れて届く


潜水のあとの疲れは悲しみに似ているㅤ眠るために火を消す