塔(2020年10月)

いにしえの回転遊具脱皮するように鋼の肌のなまめく


はなびらを花から奪う春風のような筆致であったㅤㅤわかった


樹の影に小鳥の姿見失うふいに途切れるあなたの語り


照準を2秒で合わせ降下する鳥の眼(まなこ)の火をくれますか


薪(たきぎ)から炎はあふれこの夜が記憶の灰となる日を思う


花嫁の羽化を待ちつつㅤ試着室の呼吸のように揺れるカーテン


もう消えた虹の話を繰り返すあなたに次の花火を渡す


如月の釧路の雪に立ちすくむ少女のように丹頂のあり

塔(2020年9月)

紫陽花の群生を割る階段を脳の群れにまぎれて歩む


骨につめたく涙の染みる心地して観音像を闇に見上げる


丸型の絵馬と祈りの痕跡が古木の樹皮のように重なる


ぬるい風 何を奪った 夕立の崩れた水が鳥居に光る


どうしても届かなかった 水鳥の羽少しずつ重くする水


イルカ去り後のイルカの呼気の泡豪雨のような生きたさを抱く


春の夜イルカとイルカの死後を知る飼育員らのショーを見ている


水槽にレプリカの海満ちていて悲しみこぼれる脳を沈める


まだしばらく長くは続かない日々が重なるだろう切り花を買う

塔(2020年8月)

花冷えの夜の溺死に靴音を降らせて街の銭湯へゆく


人の匂い薄く染みつく池の底夜ごと硬貨を投げ入れられて


切りたての髪に水気をまとう子のあゆみの後に衣擦れを聞く


銀色の尾が水面を閉じてまだ少しなまぐさい湯を掻いている


浴槽の栓引き抜いて渦を巻く水に光を埋め込む鱗


すれ違いざまに沸き立つ 銘刀の光に触れたような鳥肌


燦然とそびえ立つ瓶牛乳をなにも乱さぬように抜きとる

塔(2020年7月)

この灰の前世は花と告げられて焼却炉まで夢を歩いた


蜜漬けの果実の浸るより深く祖母のまなこに五月の桜


ファミレスの氷を噛んで濡れた歯の温度を殺すようなキスした


ずぶ濡れの小鳥の喉に絡みつく夏の夜風のような執着


散るという死に様をもつ生き物であれぬ命を生かす明日も


鬼の頬を撫でる貌したこのひとの眠る姿を見たことがない

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第19回若山牧水青春短歌大賞

深海のいきもの図鑑めくる手を包む視線のやわらかい午後

朝満ちるシンクの底で水滴が雨の萌芽を真似てはじける

たすけて と言わせた鳥のアバターに声も知らない人からの花

たましいの匂い、と思う突風に永遠という喩えの脆さ

ひとつひとつボタンを外す花束を包む薄紙むくようにして

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